夏の準備

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ダイエット期間に突入です。毎日節制していればこう何度もダイエットする必要はないのかもしれませんが、おいしいのよね、甘いものって。「毎日節制」「甘いもの、スナック菓子禁止」っていうのは悲しいので、食べたいときに食べたいものを食べて、気が済んだらまたダイエットというサイクルです。本当は食べたいものを食べてその分運動すればいいんだけどそう簡単な話でもない。歳を取ると基礎代謝が下がるし筋力も減るし。若い頃より体力がないのに若い頃よりがんばらなきゃいけないなんて大変だ。

しかし夏なので。主に二の腕とふくらはぎをなんとか。自分で「これ以上はやばい」という基準を決めておかないとどんどん肥大しそうで怖いです。

これはいただきもののラ・フランスのゼリーです。10時のおやつにいただきました。節制中の甘いものは格別ですね。ふふふ。

三沢光晴という名のプロレスラー

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京都にいた頃、日曜の晩は決まってテレビの前に座って全日の試合を見ていました。同じくプロレス好きのハルちゃんの家で、またはうちで。「三沢かっこええなあ」って二人でちびちびとビールやチンザノ飲みながらテレビを見ていました。男の子たちは何かと派手な新日のファンが多かったけれど、わたしたち二人は血が苦手で、決まって見るのは全日でした。あの頃の三沢は若くて強くて本当に格好よかった。

いつのまにかプロレスを見なくなって、三沢のことも遠い昔好きだったプロレスラーとなり、記憶の奥に沈みこんでしまっていました。たまにテレビで「三沢全日脱退」「三沢新団体ノア立ち上げ」「プロレス地上波放送打ち切り」なんてニュースを聞いても、「へ〜」って思う程度でした。

今朝、「三沢が死んだよ」って教えてもらったときもとっさにはわからず「三沢ってだれ?どこの三沢?」と聞き返しました。

プロレスラーの三沢だとわかっても「ホンマに? なんで?」「三沢って三沢光晴?」という状態が続いたのですが、本当だと知り、詳細を聞いて徐々に現実感が湧いてきました。そして時間が経つにつれリング上でのいろいろなシーンが少しずつよみがえってきて、胸が苦しくなりました。今は忘れていたけれど、昔間違いなく好きだったプロレスラーのあの三沢光晴。彼はもういないんだと知り涙が出ました。

リングの上で帰らぬ人となった三沢光晴選手。まだ46歳だったそうです。



お疲れ様。ご冥福をお祈りしています。

フレンズ

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久々にハルちゃんから電話がありました。
ハルちゃんは京都に住む広島人で20年来の友人です。
絵の仕事の依頼だったのですが、生憎今、仕事が立て込んでいて
それならこっちの仕事を手伝ってもらおうかなってことに。
ハルちゃんは私の知ってるデザイナーで1番腕のいい職人さんです。
パンフレットの仕事を任せて私は水彩画を描くことになりました。

「the・餅は餅屋作戦」

資料のメールを待っていたら、サイちゃん(京都在住)からメールが。
彼女は、犬飼いの先輩でもあるのでメールで何往復か犬話。
彼女の家のひなさんはカレンダーにもなるくらいの美ワンコです。

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(許可がないのでボカシ画像)

こうやって、古い友人がたまに連絡をくれると嬉しいものです。
彼女たちと話していると、一緒に過ごしたキラキラした日々を思い出します。
今だって楽しいけど、あの頃もとっても楽しかったです。

そして、あの頃の私がいるから今の自分があるのだと再認識するのです。

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春からこちら、いろいろと身の回りが変化しました。


まず、父の病気の経過が良く、大阪に頻繁に帰る必要がなくなりました。
半年、バタバタしましたがようやく落ち着いた感じです。
その間、使うばかりだったお金を今度は節約しなくてはいけません。
今年は旅行は無しかな〜。犬も増えたし。

そうそう。念願の犬も飼ったんです。かわいい!嬉しい!
世話は思ったより大変だけど飼ってよかったです。
今は4時半に起きて8時過ぎには寝る生活です。
子犬の時期が終わったらもう少し平常に戻す予定ですが
早朝って雑音(電話や買い物などの雑用)がないので用事がはかどります。

そして気が重かった習い事をやめました。
いやいや行っても仕方ないなと思い切ってきっちり退会しました。
群れるのはやっぱり苦手だと再認識。絵は好きだけど噂話は苦手です。
こういう会には、これからはもうちょっと慎重に参加していきたいと思います。

なんだかすごくまわりがスッキリして気持ちいいです。
これからも『我侭に、でも自分の言動に責任を持って』をモットーにがんばります。

母からの電話

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そろそろ電話しようかなと思ったタイミングで電話がなった。

「父さん、帰ってきてんねん」

あんまり嬉しそうな声じゃないのは心配性な母の当然の反応。

「どう?」

「うん。なんか、今日の結果がよかったら月曜日に帰ってきたいみたい」

どうも先生の都合で、来週退院するなら
月曜日か金曜日と言われたらしく、
当然のように父は月曜日の退院を主張しているという。

退院の手伝いのために来週の月曜大阪に帰ろうと思っていたのだけれど
月曜日に帰ったのでは月曜日の退院に間に合わない。
帰ってくる日を前倒しにできないかという相談の電話だった。

「飛行機さえ取れたら大丈夫だよ」

「無理ばっかり言ってごめんね」

「別に無理じゃないよ
大丈夫、どうせ月曜日には帰る予定だったんだから」

「ごめんね」

「父さん、無理言ってない?」

「(笑)見てたら胃が痛くなる」

「まぁ、今回無理しても検査結果良くて退院できたんなら
その後も安心だと思うことにしようよ」

「そうだねぇ」



とにかく週末に帰るから、
それまではあんまり心配しないようにと言って電話を切った。

月曜日か。入院から4ヶ月ちょっと。
長かったような気がするけどほんの4ヶ月。
でも父と母にとっては長い4ヶ月だったんだろうな。

これからは母は頭に、父は肺に、
ちょっとずつ爆弾を抱えてこれからを生きることになる。
どちらも気の抜けない病気だから、
いたわりあって体を大事にしていって欲しい。
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プロフィール

mari

Author:mari
大阪生まれ。京都、東京を経て結婚を機に東北の福島県に移住。ほそぼそとイラスト描きの仕事をしております。